産むことを「エゴ」とののしる「エゴ」など、高齢出産・前置胎盤、不妊等、過去にハイリスクで出産した方も、これからの妊娠がハイリスクになる方も……

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
TOPスポンサー広告スポンサーサイト

産むことを「エゴ」とののしる「エゴ」

高齢出産不妊治療の問題で、野田聖子さんの出産がいまだに話題になります。今週号の「週刊現代」では、野田聖子さんが、吉村泰典慶應義塾大学産婦人科教授・日本生殖医学会理事長と対談をしていますが、高齢出産を徹底的に否定的する吉村泰典教授の物言いに、懸命に反論する野田聖子さんという構図です。

長年にわたる(前夫時代から含めた)不妊治療、そして体外受精、アメリカ人女性から卵子提供を試みた高齢出産野田聖子衆議院議員。その甲斐あって50歳で真輝君を出産しました

しかし、妊娠中、胎児に臍帯ヘルニア(胎内で腹部の壁ができず、へその緒の中に胃や肝臓などが出たままの状態で生まれてくる状態)と心臓疾患があることが判明。また出産後は食道閉鎖症や心臓などで7回の手術を行いました。その際、呼吸停止で脳に酸素が行かなくなり、現在真髄君は脳梗塞による右半身マヒを残しています。

それをもって、「高齢出産だからだ」というバッシングもやみません。「週刊現代」でも、吉村泰典教授が高齢出産否定の立場に立っています。
吉村 真髄君ももう1歳と3カ月ですか。まだ入院は続いているんですよね?どんな様子ですか?

野田 人工呼吸器が外れ、右半身のマビもずいぶんと回復してきました。今は口から食べることの練習中。意思もハッキリしてきて、バイバイもしますし、私が帰ろうとすると「行かないで!」って泣くんですよ。

吉村 予定されていた手術は、全て済んだんですか?

野田 いえ、あと1回心臓の手術をしなければいけませんが、年内には退院できるだろうと思います。

吉村 今年1月に放送されたドキュメンタリー番組(「私は母になりたかった~野田聖子 愛するわが子との411日」)を拝見しましたが、真髄君の生命力には目を見張りました。

野田 担当医から.「彼はママ大好きの一念で頑張ってるんですよ」と言っていただいたのが嬉しくて。息子の強さを誇りに思います。

吉村 放送後、さまざまな批判を浴びているそうですが。

野田 ええ。でも、息子は生まれてきて、今を生きている。そのことに意味があると思うので、産んだことに後悔はしていません。

吉村 家族一丸となって、本当に多くの試練を乗り越えられてきた。実に立派だと思います。

野田 ありがとうございます。

吉村 しかしながら、あなたの決断に対して、僕は諸手を挙げて賛同することはできません。

ここからは、高齢出産ではさまざまなリスクがある、といういつもの話が続きます。まあ、高齢出産のネガティブな話はすでに何度も言われていることなので措くとして、問題は次のくだりです。
吉村 障害のある子供であっても受け入れるというのは素晴らしいことです。でも、それは「あなたにとって素晴らしい」ということ。というのも、権利を主張できない命というのが子供です。厳しいことを申し上げをようですが、僕には出産があなたのエゴであるように思えなくもないのです。

野田 それを言ったら、子供を産むこと自体が親のエゴだといえるのではないでしまうか。

この吉村医師は、大事なことを忘れて、いや間違えています。

「権利を主張できない命というのが子供」というのは、全く正反対ということです。自分の側からしか評価していないからこのような物言いになるのです。

というのは、権利を主張するもしないも、この世に生を受けなければあり得ないことなのです。

かりに、真髄君が将来「なんでこんなぼくを産んだの?」と思ったとしても、それは生を受けたからこそそのような認識や判断や哲学が生まれたのです

真髄君が生まれなければ、彼がそういうことを考えることすらできないのです。

生きる限り、幸運の方が不運よりもいい、幸福の方が不幸よりもいい、健常者の方が障害者よりもいい、健康の方が病気よりもいい。

これはまず100パーセントの人が思うでしょう。

でも、それは生まれてきたからこそそう考え、自分の人生をそのどちらにあたるかを相対化できるのです。

生まれなければ、不幸も不運もないのです。生まれたからこそ考える機会を得られる価値判断なのです。

ですから、「あなたにとって素晴らしい」と突き放す吉村医師は間違い。生まれた本人にとっては、生まれることを否定したら、素晴らしいも素晴らしくないもないのです。無なのです。

そもそもなにをもって「素晴らしい」のか。それは価値判断ですから、吉村医師の意見も含めて、いろいろな考え方があるでしょう。

しかし、いずれにしても、まずはこの世に生を受けることこそが、「素晴らしい」ことを考えたり実践できたり、逆に素晴らしくないことに気づいたりできるのです。

だいたい、吉村医師だって、自分が生まれたから、野田聖子さんの高齢出産を素晴らしくないと考えたのでしょう。この世に存在しなければ、野田聖子さんにそのような意見を言うこともできなかったのです。

人間は、生まれたからこそ、今の地位も意見ももてるのです。なのに、それを忘れて、他人の「生」自体に、素晴らしいか素晴らしくないかの勝手な判断付けをする。

人としてとんだ思い上がりです。

医師が、医学的確率から高齢出産のリスクを指摘することは、医学者として必要なアプローチです。

つまり、学術的な回答を述べることは立場上当然です。

しかし、この世に生を受ける機会に対して「エゴ」だのなんだのと、人間の普遍的な価値判断にまで口を挟む資格はないと思います。

>>妊娠可能度無料診断プレゼントはこちらをクリック!


週刊現代 2012年 5/5・12合併号 [雑誌]

週刊現代 2012年 5/5・12合併号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/04/23
  • メディア: 雑誌

関連記事
TOP高齢出産産むことを「エゴ」とののしる「エゴ」

このエントリーにお寄せ頂いたコメント

> それは生まれてきたからこそそう考え、自分の人生をそのどちらにあたるかを相対化できるのです。
> 生まれなければ、不幸も不運もないのです。生まれたからこそ考える機会を得られる価値判断なのです。

確かにこういった考え方を国内の倫理学者の一部が唱えています.しかしこの理屈は普遍的なものとはいえないと思います.それを説明するのにはある程度のスペースが必要ですが,簡単にはたとえば家族計画のことを思い浮かべていただければいいと思います.

中国やインドでは人口急増のために,今生きている人たち(中国やインド,あるいは有限な資源の中で生きる全人類)のために,産児制限を行うことは倫理的にあまり異論のないところだと思います.家族計画を行わずに無秩序に生まれてくれば,周産期死亡や乳幼児死亡が増加してかえってかわいそうなことになるでしょう.この場合も,食糧不足や乳幼児医療の遅れで命をおとしてかわいそうというのも,そもそも生まれてこなければ「かわいそうもかわいそうもない」,だから家族計画は間違いであると言えるでしょうか? わたしは言えないと思います.
伝法寺隼人 at 2012/05/03(木) 12:22 | URL

で、野田聖子さんはインドや中国に住んでいるのですか?
日本はむしろ、少子化が問題になっているはずですが……

そもそも、人口をコントロールをしているから
産まないことが正解な場合もある、というのは、
それこそ普遍的もハチノアタマもありません
たんなる社会的な事情、しかも中国やインドなど個別のケースです。

私の記事をよく読んでくださいね。
生まれて経験する悩みや苦しみは
生まれたからこそ存在すると書いているだけですよ。

エゴと感じるのも、吉村医師が医師になり
真髄君が生まれたからこそできる判断であり
生まれてきて幸せかどうかを判断する権利は
医師ではなく真髄君自身にあるという話です。

いずれも、真髄君が生まれなければ
影も形も存在しない命題なのです。
という話ですよ。
インドも中国も関係ありませんし、
存在するからこそ、それにともなう命題も存在するというのは
これ以上、普遍的な話もないでしょう。
でこらんぱん at 2012/05/03(木) 14:48 | URL

URL:
コメント:
 

このエントリーにお寄せ頂いたトラックバック

TrackBacked by at 2012/05/26 09:19

このエントリーへのトラックバックURL
Copyright © 高齢出産・前置胎盤・不妊でも出産を諦めないで! All Rights Reserved.
ほったらかしでも稼げるFC2ブログテンプレート [PR]
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。